某メルマガでの言葉。

(以下、本文。)


「日本一の変人経営者」 宗次徳二 著

『逆境が楽天的で前向きな性格を培った』


物心ついたときから私の人生は苦労の連続だったが、
おかげで朝から晩まで汗を流して働くことは、
なんの抵抗もない人間に育った。

おまけに大した病気もせずに、激務をこなせるタフな体力もできた。

喫茶店を開いてから壱番屋を平成14年に引退するまで約30年間、
平均睡眠時間は3~4時間ぐらいだったと思う。

「COCO壱番屋」の創業期には、午前4時に起きて各店に一人で商品を配達、
日中は店舗や外回りで目一杯働き、夜は各店が営業を終えてシャッターを下ろした後、
深夜の午前0時から打合せを始めていた。

店舗の拡大してからも、朝5時前に出勤する仕事のスタイルに変更はなく、
とにかく働き通しだった。

私自身、そうしたかったのだ。

自分の意識の中にハッキリと、自分の身は経営に捧げると誓っていた。

養父と食うや食わずの貧しい暮らしをしていたころ、周囲から敬遠されたり、
見向きもされなかったりした経験は、精神的な意味でも私をタフにした。

もちろん、ケンカっ早い義父に比べ幼い私には同情を寄せてくれる大人もいたが、
大方の人にとって、汚い身なりをした私たち父子は厄介者以外の何ものでもなかっただろう。

だが、そのころ、自分の置かれた環境が不幸だとか、惨めだと思ったことは一度もなかった。

親を恨む気持ちも感情も湧いてこなかった。

家の手伝いが嫌いで、楽をしたいと望むわけでもなく、それよりも、
どうすれば養父が喜んでくれるか、幼い頭ながらに必死で考えていたのである。

だから会社が順調に拡大していたときも、
私に対する期待にどうすれば応えられるかを必死で考え、
自分のことなど二の次でよかったのである。

遊んだり休んだりせず、早朝から仕事に励んだのは、
たんにワーカーホリック(仕事中毒)で、無趣味な人間だからというだけではない。

休暇をとって海外旅行するよりも、やはり、どうすればたくさんのお客様に
喜んでいただけるか、真剣に考えていたことに間違いないのだ。

この場合、私にとってお客様とは、家族、社員、地域の方々、取引先金融機関の方々、
そしてお店を利用していただく方々・・・

私に関わるすべてということになる。

その意味でも、当初行き当たりばったりの軽い気持ちで始めた客商売は、
私の「天職」だった。

==========

自分自身も「整骨院」は天職だったと思います。

成功するには、これしかなかった。

患者様に手で触り、痛みを取っていく・・・

そのために、患者様に伝えるために勉強したのを覚えています。

ホントに身近な整骨院として、どんなことでも相談に乗って、
患者様との距離感を縮めていったのを思い出します。

この仕事を次の世代に良さを伝えていきたいと思っています。

(以上、本文。)
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松下幸之助
(日本の実業家、発明家、パナソニック創業者 / 1894~1989)

人生には損得を超越した一面、
自分がこれと決めたものには命を賭けてでも、
それに邁進するという一面があっても
よいのではないだろうか。
 
某メルマガでの言葉。

(以下、本文。)


「柳井正の希望を持とう」 柳井正 著


『仕事に向き不向き』


さて、11年間、宇部でさまざまなことを考えながら売り場に立ち、
人を採用し、広告宣伝も自分で立案し、
すべてを経験したことが1984年のユニクロ第一号店に結びついた。

その間、成長したのは私だけではない。

従業員もさまざまな仕事をこなしたから、幅が広がって大きく成長した。

そうした従業員の成長を見ていると、つくづく仕事に向き不向きはないと思う。

仕事について若い人はよく「向いている」「向いていない」という。

けれど、たいていの場合、それは錯覚だ。

十分な経験もせずに「この仕事には向くけれど、あれはダメ」
と思い込むことがおかしい。

私だって、商売を始めた頃は性格は内向的だし友達も少ないから、
商売には向いていないと思ったこともあった。

でも、やってみれば意外にできた。

半年や1年やっていれば、展望は開けてくる。

まして10年やれば必ずものになる。

「得意な仕事じゃないから」と尻込みやえり好みするのも感心しない。

なぜなら、優秀な人は次から次へと新しい仕事を任されるのだから、
どの仕事も乗り越えていかなくては将来は開けてこない。

当社で、ただ一人、私より入社が古い浦利治(ユニクロ監査役)は
中学を卒業して営業一筋で来たが、ある時期、管理本部長をやってもらった。

すると、すぐに立派な業績をあげた。

経理、財務、人事といったマネジメントの知識がなくても、なんとかなるものだ。

たった一人で全部の仕事をするわけじゃない。

何に気をつけ、誰を使い、どうすればよいかわかっていれば問題ない。

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仕事に向き、不向きは関係ない。

納得です。

10年やったらできるようになるのです。

ぼくも、若いころから同じ仕事をしていません。

治療家から経営者に変わっています。

なので、仕事って進化していくもの・・・

同じ仕事を3年間やったら、変わっていかないといけませんねーー

(以上、本文。)
6月17日(土)
第19回ベジタブルマラソン大会 in立川【東京・立川市】

@国営昭和記念公園

5Km
かなえちゃん 19分09秒 (3:49.8/km) 優 勝 / 女子の部

<かなえちゃんのPB>
マラソン PB 2時間52分48秒 (4:05.7/km)
 ハーフ PB 1時間23分24秒 (3:57.1/km)
 10Km PB 37分38秒 (3:45.8/km) 
5000m PB 18分00秒 (3:36.0/km)
3000m PB 10分32秒 (3:30.6/km)
1500m PB  5分06秒 (3:24.0/km)
 800m PB  2分28秒

<かなえちゃんのレース予定>
6月25日(日)
第34回富里スイカロードレース【千葉・富里市】
10Km
某メルマガでの言葉。

(以下、本文。)


「神渡良平氏の心に響く言葉より」


安岡正篤先生は勉強会でよく「有名無力、無名有力」と言われた。

有名無力、無名有力とはこういう意味だ。

「若いときには誰もがひとかどの人物になりたい、
 立派な会社を作り上げたいと一所懸命努力をします。
 だんだん頭角を現し、人々の評価もいただけるようになって、
 名が上がって有名になってきます。」

「会社の規模も大きくなってきます。」

「そうなるとちょっとした名士になり、講演を頼まれたり、新聞に原稿を書いたり、
 テレビに出演したりして、だんだん忙しくなってきます。」

「そしていつのまにか自分を掘り下げる時間すらなくなって、
 有名ではあるけれども無力な人間になり下がることが多いものです。」

しかし、世の中には、新聞、雑誌に名前が載るわけではない、
テレビのスポットライトがあたるわけでもないけれども、
頭が下がる生き方をしている方がいらっしゃる。

「無名だけれども有力な生き方をしていらっしゃる。」

「私は時間がなくなって自分を失ってしまうよりも、
 無名のままでいい、自分を高め、磨く時間を持てる者でありたいのです」

==========

弊社もつくづく、無名有力の会社になっていたいと思っています。

なので、テレビにでたいとか、いい会社大賞をとりたいとか、ありません。

無名なんだけど、社員の結束もあって、結果も出てて、
患者様満足をしっかりと行っている。

そんな会社でいたい。。

ホント身の丈にあった経営でいいのです。

それが永続的に続けば・・・

社員がやりがいを感じて働いて、ここで働けて良かった!!

と言われれば、それで満足。

「社員は患者様満足を行い、社長は社員満足を考える。」

そんな会社でいたいです。

(以上、本文。)